コーヒーがどのように発見されたのかは遠い昔の霧の彼方にあり、発見にまつわる伝説はいくつかありますが、真実は依然として不明です。歴史家や植物学者の間では、アラビカコーヒーはアビシニアが原産というのが定説になっています。紀元575年の文献によると、「当時のアラビア人はコーヒーの実や葉を煎じて飲料を作った」と記述されているので、コーヒーはそれ以前に、エチオピアからアラビアに伝えられたと思われます。
一方、中南米のコーヒーのルーツは、オランダ人がインドからセイロン島とインドネシアに持ち込んだアラビカコーヒーから始まります。やがて本国に贈られたコーヒーの苗がアムステルダムの植物園で栽培され、成長した1本のコーヒーの苗木はフランスのルイ14世に献上されました。1717年フランスの海軍将校ガブリエル・ド・クリューが、苦心の末、西インド諸島のマルチニーク島に運んだ1本の苗木が中南米のコーヒーの歴史の始まりです。
マルチニークのコーヒーが1728年に当時の総督ニコラス・ローズ卿によってジャマイカに輸入され、ブルーマウンテン地区のテンプル・ホールの所有地に植えられたのがジャマイカコーヒーの始まりです。
その後、ジャマイカのコーヒー栽培は、ハイチ革命の難民が持ち込んだコーヒー栽培と生産の技術により、急速に発展していきました。やがて奴隷解放による労働力不足や農園拡大による土地の侵食が原因で、ジャマイカのコーヒー栽培は衰退の一途をたどったこともありました。しかし1943年、現在のジャマイカコーヒー産業の生みの親とも言うべきイギリスの農業アドバイザー、A.J.ウェイクフィールドがコーヒ産業復興計画を作成、それに基づき、1948年にコーヒー産業公社(CoffeeIndustoryBoard)を設立、やがて、ジャマイカコーヒー産業は世界最高のコーヒーを生産しつづけ、その地位を確立し、現在に至るのです。